中村 結衣VIEW PROFILE →
火星の月へ、そして帰還へ JAXAの探査機MMXがいよいよ打ち上げ、フォボスの砂を地球に持ち帰る挑戦
JAXAの火星衛星探査計画MMXの探査機が2026年8月13日、種子島宇宙センターで公開された。H3ロケットで打ち上げられ、火星の月フォボスに着陸して砂を採取し、2031年ごろ地球に持ち帰る世界初の挑戦に臨む。
日本の宇宙開発が、これまでにない野心的な挑戦に臨もうとしている。宇宙航空研究開発機構、いわゆるJAXAが、火星の月を目指す探査計画をいよいよ実行に移す段階に入った。単に火星に近づくだけでなく、その衛星に着陸し、砂を地球まで持ち帰るという壮大な計画である。成功すれば、日本の惑星科学にとって大きな節目となる。
この計画は火星衛星探査計画、英語の頭文字を取ってMMXと呼ばれている。2026年8月13日、その探査機が鹿児島県の種子島宇宙センターで報道関係者に公開された。長い開発期間を経て、機体がついに姿を現したことになる。打ち上げは今後数カ月のうちに予定されており、計画は最終段階へと近づいている。
探査機を宇宙へ運ぶのは、日本の新しい主力ロケットであるH3である。種子島から打ち上げられたあと、探査機はおよそ一年をかけて火星へと向かう。この計画はもともとより早い時期の打ち上げが検討されていたが、開発上の難しさなどから2026年へと延期された経緯がある。それだけ技術的なハードルが高い挑戦だといえる。
フォボスに着陸し、砂を持ち帰る
MMXの最大の目標は、火星の月の一つであるフォボスへの着陸である。探査機は火星の周回軌道におよそ三年間とどまり、その間にフォボスへの着陸を試みる。着陸に成功すれば、表面から少なくとも10グラムの砂などの試料を採取する計画だ。わずかな量に思えるかもしれないが、科学的にはきわめて貴重な一握りとなる。
この試料採取が特別なのは、それが世界で初めての試みだからである。これまで火星の月から物質を持ち帰った探査機は存在しない。MMXが成功すれば、人類は初めて火星の衛星のかけらを手にすることになる。試料を収めた帰還カプセルは2031年ごろに地球へ到達し、オーストラリアに着陸する予定となっている。
着陸や観測を担うのは日本の探査機だけではない。フランスとドイツが共同で開発した小型ローバー、イデフィックスが探査機に搭載され、フォボスの表面で観測を行う。一方、もう一つの月であるダイモスについては、着陸はせず軌道上からの観測にとどめる計画だ。複数の天体を一度の計画で調べる、効率的な探査となっている。
MMXはフォボスから少なくとも10グラムの試料を採取し、2031年ごろに地球へ持ち帰ることを目指している。
なぜ火星の月なのか

そもそも、なぜ火星本体ではなく、その小さな月を目指すのだろうか。JAXAによれば、この計画の狙いは火星とその衛星がどのように形成されたのかを解き明かすことにある。それは、太陽系がどのように誕生したのかという、より大きな謎を読み解くための重要な手がかりになると考えられている。小さな月が、大きな物語の鍵を握っているのだ。
フォボスとダイモスの起源は、長年科学者たちを悩ませてきた難問である。これらの月が、かつて火星の重力に捕らえられた小惑星なのか、それとも巨大な衝突によって生じた破片から生まれたのか、はっきりとは分かっていない。フォボスの砂を直接分析すれば、この長年の議論に決着をつけられる可能性がある。まさに現地の物質こそが、最も確かな証拠となる。
この探査は、生命の起源をめぐる問いにもつながっている。イデフィックスの開発に携わるフランスの天体物理学者パトリック・ミシェル氏は、もしフォボスとダイモスが初期の物質輸送の名残であるなら、それらは生命そのものの起源に関する手がかりを秘めているかもしれない、と語っている。小さな月の砂が、私たちの存在の根源に迫るかもしれないのだ。
技術的な挑戦
MMXの実現には、数々の技術的な壁を乗り越える必要があった。とりわけ難しかったのが、着陸のための脚の開発である。フォボスは非常に小さく、その重力は地球とは比べものにならないほど弱い。そのため、探査機を安定して着地させ、跳ね返ってしまわないようにする仕組みを整えることが、大きな課題となった。想定外の環境に合わせた繊細な設計が求められたのだ。
この壮大な計画は、日本一国だけで進めているわけではない。フランスの国立宇宙研究センター、ドイツ航空宇宙センター、アメリカのNASA、そして欧州宇宙機関ESAに加え、多くの大学や技術系企業が協力している。国境を越えた知恵と技術の結集が、この難事業を支えている。現代の宇宙探査が、いかに国際協力の産物であるかを物語っている。
日本はこれまで、小惑星探査機はやぶさやはやぶさ2によって、遠い天体から試料を持ち帰る技術で世界をリードしてきた。MMXはその経験の延長線上にあり、目標を火星の月へと大きく広げるものだ。もしフォボスの砂が無事に地球へ届けられれば、それは日本の宇宙科学にとって新たな歴史の一ページとなる。数年後の帰還に向け、壮大な旅がまもなく始まろうとしている。





